アラフォーですが、心は小5のYoshiakiブログですww。
はい、自他ともに認める「心が幼い未熟者」です。
大昔、成人式へ出席した際(当時は20歳が成人年齢だった)、同級生が「もっとしっかりしなくちゃ」と、意識高い内容を言っていて、まったく共感できなかったことがありました。
幼少期から、自分の欠点を直す習慣も経験も皆無でしたので、必然的に「未熟者のままで生きていけないか」を思案するようになりました。
(特にガリガリ勉強せずとも地方国立大学に入れる程度に勉強は得意で、筋トレしなくてもダンクできる程度の運動神経だったので学生時代は何とかなった)
大学生くらいのころ、卒業したOBが「社会」を説法しに研究室に来たことがあり(呼んでねぇw)、気分良く話させてあげたりしました(昼飯を奢ってもらえるから)。
内容の大半は忘れましたが、「社会に出たらウルセー大人が多くて大変」ってことは知れてよかったです。
そして、やっぱり社会に出たらお小言が多かったw。
20代後半の頃、蓄財にシフトして正解だったと確信しました。
(資産1000万円を超えたくらい)
お小言を頂戴してわが身を顧みるのかと思いきや、「なんだよ、ウゼ」としか思わなかったからです。
直らない性根と向き合うよりも、蓄財のほうが前進するし楽しかったせいでもあるでしょう。
また、昇給した奴より金があるせいか、お小言も右から左へ受け流せました。
そしてマス層を抜けたころ(職場じゃ中堅くらいの立ち位置)、お小言のピークがやってきました。
面談も増え、人格否定も甚だしい言葉で恫喝されたことも何度もありました。
でも、不思議と反省しようとは思いませんでした(カスww)。
そもそも
「そんな考えが社会で通用すると思っているのか?」
「イチ社会人として恥ずかしくないのか?」
「周りを見てみろ!」
みたいなことを言われたくないから、資産に食わせてもらおうと考えているわけでして。
“成長した自分“に助けてもらうマインドじゃないんです。
ウザい人が多い職場から離れることが前提なので、お小言を反省する意味がないんですよねw。
未熟な部分も含めての私なので、社会の正しさに合わせて“らしさ”を消すのは違うと思いますしww。
欠点を反省せずとも大丈夫な状況を心から欲したから、株を中心に蓄財をしてきました。
そして、この決断と行動に一片の悔いはありませんww。
この記事を書きながら、私は「欲しいものがあれば努力できる人間」なんだと改めて自信が持てました。
また、「本気の反省につながらないなら、絶対反省しない人間性」を知ることができましたw。
マス層以上に金はあるので、今生では“一人前”にならなくてもいいかなぁwww。
最近あった面談の話👇
今日はこの辺で。